#暮らす
移住者インタビュー:心のふるさとで、そば文化を広める
2021.04.05
黒木賢二さん(59)都農町出身 大阪府よりUターン
2020年5月、道の駅つの内フードコートに手打ちそばのお店「尾鈴庵」がオープンしました。都農町産の素材で自家製粉を行い、毎朝丁寧に手打ちされたおそばは、深いコシと豊かな風味が味わえます。お店を営むのは黒木賢二さん。都農町出身で約40年の県外生活を経て、2019年にUターンしました。
ーー都農町のご出身とのことですが、県外では何をされていたのですか?
手に職をつけた方がいいのでは、という考えもありまして高校卒業後は大阪にある日本料理店へ就職しました。そこは麺類や和食を提供するお店として関西でかなり有名なところでした。最初の赴任地は大阪で、その後新店舗の立ち上げに関わることが多く、東京や福岡など全国各地の支店で働いてきました。都農町へ帰る直前には伊丹空港でのお店立ち上げに関わり店長も務めました。
ーーUターンされたきっかけをお聞かせください
都農町に1人で暮らしている母が心配だったのと、私自身定年を迎えることになりまして。自分が長男ということもあり故郷へ帰ることにしました。2019年の8月のことです。私、大阪で暮らしていたころは近畿都農会という近畿地方在住の都農出身者が集う会にいたものですから、そこで故郷の近況をよく耳にしていたんです。現在の都農町は移住やUターン政策を手厚くやっていると聞いていたこともあって、それならと。
ーー県外へ出られてからの都農町と、Uターンして思う都農町のイメージに変化はありますか?
県外にいたときは都農町って「心のふるさと」という感覚ですよね。1年に1回は帰省して同級生とお酒を酌み交わしたり。たまにしか帰ってくることができませんでしたが、ここは帰ってくると温かく迎えてくれる土地ですよね。ただ、私が若かったころは旧国道10号線の通る中心街がまだ賑わっていた気がします。地方ならどこも共通していることですが、高齢化が進んでいるのかなと感じますね。ですが2013年に道の駅つのがオープンしたときはすごくいいものができたなって思いました。
ーーなぜ帰郷してからはおそば屋さんをやろうと思ったのですか?
料理店に勤めていたとき、業務のなかでそばが一番好きだったんですよ。とくに手打ちそばが。なんで好きだったかといいますと、そば打ちの技術は「これでいい」と満足することがないんです。追求していけばいくほど、もっと深い何かがある。生涯をかける仕事に値するなと若いころから感じていました。私はこれまで飲食の世界でしか働いたことがありませんし還暦に近いということもありましたので、都農へ帰ってきたときに「これしかない」という気持ちがありました。ちょうど道の駅つのの現在の店舗スペースが使われていなかったのでこの場所で開業しました。宮崎といえば「うどん」かもしれませんが、地元にそばを嗜む文化を広めたいですね。
ーーお店のオープンが2020年の5月でしたが、新型コロナウイルスの影響もあり大変だったのではありませんか?
そうですね、都農町へ帰ってきてから準備をはじめて、今の場所でさあはじめるぞ! となったときにコロナがやってきまして。逆風のなかでオープンしなければならず、その後の第二波や第三波も影響を受けました。しかし、私自身はどこにも負けないそばを出していると自負しています。全国どこへ行っても「おお!」といわれるそばを。ちゃんとおいしいものを提供していたらお客さんはついてくるものですよ。
ーー都農町へ移住やUターンを考えている人へ何かメッセージはありますか?
私は生まれ育ったところに帰ってきたUターンの人間だけど、そういった人にも移住してくる人にも、自治体からのいろんな支援もあるので、そういうところはありがたいですよね。それと、私もいい歳になってきましたので自分の持っている技術や知識を若い方に継承していきたいと思っています。県外で飲食で働いていたり、都農町出身で県外から帰ってこようにも職がないから迷っている方もいると思う。そういう若い方が手打ちそばに興味があれば、ぜひ声をかけていただきたいです。
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