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語り継がれる伝統と都農魂
2022.01.27
世代を超えて受け継がれてきた伝統や文化。
日本には各地域で数百年以上受け継がれる祭礼や民俗芸能があります。2020年8月1日に町制施行100周年を迎えた宮崎県都農町。
この場所にも100年以上続く、親から子へと脈々と受け継がれてきた文化とそれを守り継いで来た人がいます。
夏を彩る風物詩「都農神社夏大祭」
都農で生まれ育った人々が「盆や正月には帰らんけど、これだけは帰る」「これに行かんと夏じゃない」と口をそろえて語るのが都農神社夏大祭。
毎年8月1日から2日間かけて行われるお祭りです。金色のお神輿と華やかな太鼓台が、獅子舞とともに練り歩く御神幸行列(ごしんこうぎょうれつ)は夏の風物詩となっています。祭りの起源は神功皇后が新羅遠征の際、祭神を御船に招請された旧事によるもの。別名「浜くだり神事」といわれています。天保3年(1832年)より再興され、今日まで世代を超えて守り継がれてきた伝統行事です。
塩月良一さんは、「都農神社獅子保存会」としてこのお祭りを60年以上も支える立役者。町内で工務店を営むかたわら、祭りの責任者を20年間務め、子どもたちに祭りの太鼓を指導してきました。塩月さんの住む地域「都農組」(れっきとした地区名なんです!)は代々都農神社を支えてきた地区。
そういい伝えられてきた塩月さんも、小学3年生から祭りに携わっています。
「手伝いに参加するとおにぎりが貰えるってことで、それが楽しみでね(笑)」と子どもらしいきっかけで祭りの手伝いをはじめた当時を振り返っていました。
都農の一大行事を誰よりも熱く
小学5年生になったころには、獅子舞の太鼓を叩くことになりました。
今となっては祭りの花形として子どもたちに大人気の太鼓。実は塩月さんが叩くまでは子どもがその役を務めることはなかったといいます。たまたま太鼓の稽古を覗いていた塩月さんは、当時の師匠から促され叩いてみることに。「小さいころから稽古を見ちょったから、なんとなく思い出して叩いてみたとよ。そしたら師匠が感激して『本番も叩きないよ』っていってくれたんです」。ひょんなことから太鼓を叩くこととなった塩月さん。これを機に本格的に祭りに携わるようになりました。
今では華々しく賑やかな夏大祭ですが「当時の祭りは今よりも華やかではなかった」と振り返ります。かつての祭りはトラックに乗せられたお神輿が町内を巡るのみで、それに続く神賑(しんしん)行列も各地区でバラバラ。「これをなんとかしたい」と思った塩月さんは商工会青年部を巻き込み、お神輿が担がれることとなりました。その後もさまざまな行事を実現させてきましたが、そのなかでも毎年中学3年生が担ぐ太鼓台と太鼓は塩月さんの苦労がつまった手づくり品。

「子どもたちが『お神輿を担ぎたい』といってくれて。ただそれが決まったのは祭りの1ヶ月前。なんとか間に合わせるのに必死やった(笑)」。


試行錯誤を重ねてつくったオリジナルの太鼓は今でも子どもたちが大切に使っています。

また、太鼓だけはなく獅子舞の修繕も塩月さんが長年おこなってきました。
こうした活動がきっかけとなり、塩月さんを中心に、祭りの文化を守り伝えるための「獅子保存会」が立ち上がりました。
受け継がれる都農魂
現在塩月さんは、毎年7月に祭りの歴史やお神輿行列や神賑行列の由来を教える講話を開いています。

「たとえば、祭りで舞う『浦安の舞』。これは昭和天皇が争いのない平和な世の中を祈ってつくった歌に振りをつけたものです。このように歴史を教えることで、子どもたちが日ごろの生活に感謝を忘れず健やかに育って欲しいですね」と講話に対する思いを語る塩月さん。

都農の伝統を語り継ぐだけでなく、子どもたちの暮らしに対する願いも含まれています。こうした塩月さんの熱意は子どもたちにも届いているようで、毎年祭りが終わると子どもたちから感謝の手紙が届きます。なかでも一番嬉しかったのが子どもたちからのサプライズプレゼント。

「還暦のお祝いにと、子どもたちが赤い法被をプレゼントしてくれたんです。都農で持っているのは僕だけなので本当に嬉しいですよ」。

法被の背中には都農魂の文字。昨年はコロナウイルスの影響もあり、祭りの開催はできませんでしたが、子どもたちと境内で記念撮影を行いました。なかには感極まって涙を流す子もいました。祭りを通して、子どもたちのなかには揺るぎない都農魂が宿っています。そんな子どもたちの思いを励みに塩月さんはこれからも都農魂を語り継いでいきます。
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