#食べる
嬉しい出会いが一杯あります。一の茶屋のうどん
2022.01.06
たとえば、目の前にある一杯のうどん。注文を受けて調理され「お待たせしました」の声とともにテーブルに届けられる。私たちは何の変哲もないうどんとして、それを当たり前のように食べるのですが、私たちが口にするまでいくつもの工程や人の手を介しています。いろんな出会いがあって、その一杯はつくられている。そんなことを感じさせるお店が都農町にはありました。
情緒ある店内で味わう、程良い硬さのうどん
「一の茶屋」と記された暖簾をくぐり引き戸を開けると、店内はなにやら賑やか。入口のすぐ横にある厨房から「いらっしゃいませ!」の声とともに温かい湯気が漂ってくる。お座敷で勢いよくうどんをすするご家族。その横にはずっとこのお店に通い続けているのだろうなと思わせる年配の方々。
テーブル席につきメニューを一通り眺め「肉ぶっかけうどん・温」を注文。宮崎県産の黒毛和牛を使用しているとあればお腹が喜ばないはずがない。すると店主から「締めにおにぎりを混ぜて食べるとおいしいですよ」との一声が。「締め」という考え方はなかったなと思い、国産米のおにぎりも併せて注文。
テーブル席につきメニューを一通り眺め「肉ぶっかけうどん・温」を注文。宮崎県産の黒毛和牛を使用しているとあればお腹が喜ばないはずがない。すると店主から「締めにおにぎりを混ぜて食べるとおいしいですよ」との一声が。「締め」という考え方はなかったなと思い、国産米のおにぎりも併せて注文。
日向ぼっこができるほど温かい日を浴びながら待っていると余計にお腹が空いてきました。
「お待たせしました」とついにやってきた肉ぶっかけうどん。宮崎のうどんにしては珍しい歯ごたえのある麺。とはいえ、讃岐うどんほど硬いわけでもなく、ちょうど良い歯ごたえで、その味をじっくりと噛み締めることができます。うどんを平らげたら、待ってましたとばかりにおにぎりを投下。牛肉の旨味も混じったおつゆとしっかり絡めて、最初は一口ずつ、終盤は一気に流し込む。その幸福感ときたら。
「お待たせしました」とついにやってきた肉ぶっかけうどん。宮崎のうどんにしては珍しい歯ごたえのある麺。とはいえ、讃岐うどんほど硬いわけでもなく、ちょうど良い歯ごたえで、その味をじっくりと噛み締めることができます。うどんを平らげたら、待ってましたとばかりにおにぎりを投下。牛肉の旨味も混じったおつゆとしっかり絡めて、最初は一口ずつ、終盤は一気に流し込む。その幸福感ときたら。
お腹も満足し、心も体もほくほくな状態で店内を見渡すと、忙しく動きつつもタイミングを見つけてお客さんと会話をする店主の姿がありました。店内の和やかさを見ていると、このお店が地域に愛されていることが伝わってきました。
讃岐と宮崎を融合させたうどん
讃岐うどん 一の茶屋は、店主の永友洋一さんが2003年にオープンしました。開業時はなんと24歳という若さ。10代でバイク事故に遭ったとき「周りの人たちに何かを返していきたい」と決意し、早くから自分で仕事をしていこうと思っていたといいます。
中学校を卒業後、飲食店勤務を経て「ずっと好きだった」といううどんを極めたいとの思いで讃岐うどんの本場である香川県へ渡ります。つくる人も食べる人もスペシャリストな香川県ではカルチャーショックの連続。今まで食べてきたうどんの概念を覆され、同時に奥深さを知りました。
影響を受けた讃岐うどんの文化を宮崎へ持ち帰りたい。そんな思いもあり、開業当初は本場のコシの強いうどんを提供していました。しかし、柔らかいうどん文化のある宮崎において、最初はなかなか受け入れられなかったといいます。少しずつ改良を重ね、現在の程良くコシのあるスタイルが確立されていくのでした。
その改良を後押ししたのが、人との偶然の出会いでした。
「うちの小麦粉でうどんをつくってくれませんか」というお客の持ち込み。デンプン質の強いその小麦粉に、いつも使っている小麦粉を混ぜてみると、程良い硬さがあり綺麗な小麦色のうどんができたのでした。
さらには、うどんに欠かせない出汁(だし)も、お客として来ていた農家からいただいた干し椎茸によって劇的に変わったといいます。
「食材をいただいて使ってみるたびに『なんじゃこりゃああ!』って感動するんですよ。バンドでいえばギター、ボーカル、ドラムの3人で回していたところに、ベースが加って音の厚みが出るみたいな」。
そのときの衝撃をバンドにたとえて話す永友さん。ご察しの通り永友さんは大の音楽好き。店内にはひっそりと氷室京介のポスターがありました。
中学校を卒業後、飲食店勤務を経て「ずっと好きだった」といううどんを極めたいとの思いで讃岐うどんの本場である香川県へ渡ります。つくる人も食べる人もスペシャリストな香川県ではカルチャーショックの連続。今まで食べてきたうどんの概念を覆され、同時に奥深さを知りました。
影響を受けた讃岐うどんの文化を宮崎へ持ち帰りたい。そんな思いもあり、開業当初は本場のコシの強いうどんを提供していました。しかし、柔らかいうどん文化のある宮崎において、最初はなかなか受け入れられなかったといいます。少しずつ改良を重ね、現在の程良くコシのあるスタイルが確立されていくのでした。
その改良を後押ししたのが、人との偶然の出会いでした。
「うちの小麦粉でうどんをつくってくれませんか」というお客の持ち込み。デンプン質の強いその小麦粉に、いつも使っている小麦粉を混ぜてみると、程良い硬さがあり綺麗な小麦色のうどんができたのでした。
さらには、うどんに欠かせない出汁(だし)も、お客として来ていた農家からいただいた干し椎茸によって劇的に変わったといいます。
「食材をいただいて使ってみるたびに『なんじゃこりゃああ!』って感動するんですよ。バンドでいえばギター、ボーカル、ドラムの3人で回していたところに、ベースが加って音の厚みが出るみたいな」。
そのときの衝撃をバンドにたとえて話す永友さん。ご察しの通り永友さんは大の音楽好き。店内にはひっそりと氷室京介のポスターがありました。
たかがうどん、されどうどん。お客にとっての至高の一杯とは
お店を切り盛りして18年が経ちました。その間に常連になった人たちもたくさんいます。オープン間もないころに一人で来ていた男性客は、その後彼女を連れて2人でうどんを食べ、さらに時間が経って今度は結婚して子どもと3人でやってきたそうです。お店の歩みとともに、訪れる人々の人生も一緒に歩んでいる。そのエピソードを話す永友さんは「嬉しい出会いがいっぱいありますよ」と感慨深そうでした。
次に来るときは自分だけではなく、誰かと一緒に食べに来たい。そう思わせるお店は、おいしい以外の何かがある。その何かとは一の茶屋の場合、まさに永友さんの人柄にある気がします。
次に来るときは自分だけではなく、誰かと一緒に食べに来たい。そう思わせるお店は、おいしい以外の何かがある。その何かとは一の茶屋の場合、まさに永友さんの人柄にある気がします。
「接客が好きなんですよ。うどんをつくるより好きかもしれない(笑)やっぱり忙しくてもお客さんの声を聞きたいんですよ。『今日のうどんはどうでしたか?』とか、その一声から会話がはじまって、メニュー表には書いていないような、一杯のうどんができるまでの背景を話すことができますから」。
考えれば考えるほどおもしろい接客。会話だけでなくうどんの提供方法も、お子さんには少し温かく出したり、高齢者には少し柔らかくしたりと、年齢や状態に応じて変えているそうです。
「たかがうどん、されどうどん。一杯何百円のものとはいえ、食べる人にとっては至高の一杯にしたいんです。小麦や出汁であったり、いろんな人のバトンを受け継いでつくったうどんですから」。
さまざまな出会いが生まれる一の茶屋。それはまさに「一の二の三ってお客さんが増えて、いろんな人とつながれたら」という店名の由来を体現しているようでした。
考えれば考えるほどおもしろい接客。会話だけでなくうどんの提供方法も、お子さんには少し温かく出したり、高齢者には少し柔らかくしたりと、年齢や状態に応じて変えているそうです。
「たかがうどん、されどうどん。一杯何百円のものとはいえ、食べる人にとっては至高の一杯にしたいんです。小麦や出汁であったり、いろんな人のバトンを受け継いでつくったうどんですから」。
さまざまな出会いが生まれる一の茶屋。それはまさに「一の二の三ってお客さんが増えて、いろんな人とつながれたら」という店名の由来を体現しているようでした。
【讃岐うどん 一の茶屋】
〒889-1201
宮崎県児湯郡都農町川北16995-3
営業時間:11:00〜14:30/17:00〜20:00(売り切れ次第終了)
定休日:木
TEL:0983-25-2486
Instagram:@ichino_chaya
〒889-1201
宮崎県児湯郡都農町川北16995-3
営業時間:11:00〜14:30/17:00〜20:00(売り切れ次第終了)
定休日:木
TEL:0983-25-2486
Instagram:@ichino_chaya
都農町の移住に関するお問い合わせはこちらへどうぞ。