#暮らしのこと
都農の「お話」が未来永劫続いていきますように
2025.02.28
ある土地で人が暮らしはじめ、地層のように年月が積み重なっていくことで土着の文化が誕生します。生活の知恵、ハレとケの日の区別、祭り事や神事など、その土地ならではの習わしが営まれ、それらは物語として人々のあいだに共有されていきます。

代々伝わる物語を収集し、書き残すことをライフワークとしている方がいました。
都農の景色、風土を書き残す人
全国各地、どこの土地にも、古来より伝わる「お話」があります。古の知恵を伝える話、教訓めいた話もあれば、人として大事なことは何か? と問いかけてくる話もある。童話、詩、歌など、さまざまな形で語り継がれ、現代にも残っています。

もちろん、都農町にも人から人を介して伝わってきたお話があります。そんな都農に伝わる昔話を編纂し、このほど『都農百話』を完成させた方がいます。
河野包さんです(名前の「つつむ」は、正しくは旧字体表記)。

包さんはこれまでにも都農に関わる書籍を執筆してきました。地理の教員として都農高校在職中の30代のころ、町制60周年として企画された『都農町史』において執筆者の1人として自然分野を担当。同誌は完成までに10年を要し、包さん自身も「人生で一番勉強した」と語る大作でした。

高等学校の校長職や教育機関での勤務を終え、70歳で教職を引退すると、創作意欲を解き放つように作品を発表します。2020年11月には昭和30年代の都農の景色を、当時の子ども目線で綴った『ガキの頃』を出版。続いて2022年4月には『都農町史』を土台として尾鈴山の成り立ち、伝承など魅力を存分に解説した『尾鈴仰げば』を出版しました。
(左より『ガキの頃』『尾鈴仰げば』)
『ガキの頃』で描かれる情景は、令和の現代においても不思議と自分の物語として読み手の心を打つものがあり、『尾鈴仰げば』では尾鈴山が都農町だけでなく、宮崎県民にとってどれだけ象徴的な山なのかを知ることができます。

そして、包󠄁さんにとって3冊目となる著書が『都農百話』なのです。
恩師と交わした約束。丹念な取材が身を結ぶ
『都農百話』編纂のきっかけには、ある人物が深く関わっていました。

「『ガキの頃』の挿絵を描いた大上敏男さんは僕が小学4年生のときの担任で、仲人でもある方です。先生から『都農に伝わる昔話を書いてみなさい。私が絵を描くから』と誘いを受けていたのですが、中途半端な返事をしたまま時間が経ち、先生は亡くなられてしまった。そのとき、やらないかんな! と火がつき取材を開始しました」

大上敏男さんは宮崎県を代表する洋画家ですが、包さんにとっては身近な恩師。憧れの対象だったことが『ガキの頃』でも語られています。生き方や装いなど大きく影響を受けたことがうかがえます。

編纂に着手したとはいえ、当初は昔話をどう集め、どう執筆すればいいのか途方に暮れていました。

そんなとき、中西浩美教育長より『都農ふるさと物語』を紹介されます。本書は町民の取材をもとに約70話の昔話が集められていました。

「この本に載っている出来事を、ただの羅列ではなく物語として描き直せば読み物としておもしろいものが出来上がると確信しました」
伝承を深く知るために文献を読み漁り、老人クラブや歴史グループを通じて話を聞いて回る日々。丁寧な独自取材で得た情報を材料にして執筆がはじまりました。

「お話に会話文を入れるといいんですよ。読み手は親近感が湧いて想像しやすくなるので。物語を創作するのは大変ですが、書き出すとおもしろくなってしまうものですね。気づけば没頭していました」
歴史は大河ドラマそのもの。偉業は受け継がれていく
包さんは『都農百話』をつくるなかで絶対にやりたいことがあったといいます。それは町民の生活向上のために尽くした偉人たちの話を取り上げることでした。

「都農ではブドウ栽培を広めた永友百二さんが有名ですが、歴史を紐解くと公共のために尽力した人たちがほかにもいることに気づかされます。たとえば、都農は水がなく水田に向かない土地が少なからずあったのですが、そこに水路を通して開田した人たちがいます。また、狭く不自由だった道路を約5kmにわたり地区住民総出でつくり上げた人たちなど、生活を向上させ発展させていく過程は、まさに大河ドラマそのものです」
「常識を覆すような人でないと新しい文化やまちの発展はない」と包さんが語るように、どの人物も新しい試みのたびに住民たちの反発を受けていました。しかし、結果として人々の生活は改善され、その恩恵を受けて今の都農町があります。

「今、偉人たちの奮闘を知っている人はほとんどいません。それは功績をまとめた書物がこれまでなかったことも理由の一つだと思います。都農の子どもたちにぜひ『都農百話』を読んでもらいたい。自分の暮らす地区にこんな人がいたんだ! と誇りが生まれることを期待しています」

ついに刊行を迎える『都農百話』。本書が読み継がれていくことで、良い未来が都農町にはやってくるかもしれない。「歴史は誰か1人の英雄がつくり上げたものではありません」という包さん。

昔話をまとめ上げた包さんも、その読者も、かつての偉人たちと同じように都農の歴史を後世へ紡いでいく1人となることでしょう。
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